鹿野 宏      2003.01.09

 しばらく実証実験で使用させてもらい、CANON EOS-1Dはカメラとしてはその抜群の合焦性能、高速転送シャッターの感覚の良さ、ボディの使いやすさなどに他のデジタルカメラでは決して味わえない数々のメリットを認めながらも、スポーツやら動きのある被写体やらにあまり縁のない仕事をしている私にとっては、さほどに必要性を感じないカメラだった。その素晴らしさは認めるものの、購入に至らなかったのはコマーシャルの世界の中でも私の仕事に於いては、人物がメインでなく、「ノドから手が出る」ものではなかったと言うことだろう。それよりも切れすぎ、と言うか私にとってはシャープすぎて扱いにくいデータだという事の方が強調されて感じていた。

 さて、私の仕事の中に建築の撮影という分野がある。これまでは Nikon D1 シリーズを使用し、ここぞというところは(つまり超広角を使いたいところや大伸ばしになる写真)相変わらず4×5のネガを使用していた。2002年の10月あたりにあるクライアントさんから「写真は気に入ってるんだけどね。撮影のスピード感も良いし。だけどもうちょっと広く写らないものかね?」というオファーがあった。今のところAPSサイズのCCDでは14mmをつけて35mm換算で22mm程度。このあたりが可能な超広角の限界だった。そこに“まさしく!”のタイミングでCANON EOS-1Dsの登場である。もちろん1110万画素の高解像度データというのが売りのカメラだ。そして待望の35mm フルサイズの撮像素子を搭載している。比較的マウントが大きいキヤノンのカメラはきっとやるだろうと思っていたが、こんなに早いとは思っていなかった。

 基本的にNikon D1 シリーズの進化と同じで、ボディ周りにはほとんど変化が見られない (DsのバッヂとDIGITALと言う[文字]が金色になっているところが違う)。しかし、ファインダーを覗いたときやレンズを外してマウント内部を見たときに大きな変化がある。そう、撮像素子のサイズが大きいのだ。

 以前の35mmタイプレンズの焦点距離がそのままに使用できるというあまりにも当然といえば当然な、(しかしデジタル一眼レフに馴れてしまった私には驚異的な)出来事が実現したのだ。

ざっと見たところCANON EOS-1Dと比較して大きな変化はない。
何たって撮像素子の大きさはまるで普通の一眼レフ。ッてそれは当然か?
“Ds”というバッチの色が違う

 ボケ味などの変化などさまざまあるだろうが、やはりすぐに気がつく変化はピントがさらにシビアに見えてくることだ。このカメラを手持ちで使用するには相当の覚悟がいる。そして広角系、超広角系のレンズが生き生きと使用できる事に喜びを感じる(何だか変な表現だが、これにまさる表現を思いつかない)。手持ちのレンズで大好きだったEF20-35mm F2.8L のズームが心地よい。今回テストに借り出したTS-E24mm F3.5Lも思ったより広角なのだ(当然か。この焦点距離って超広角の入門だったっけ)。かなりの建築の仕事をこなせそうだ。もちろんEF14mm F2.8L USMもテストしてみた。これって今さらながら、とんでもないレンズだ。確かに描写力などにおいては抜群のものを持っているが、はまるときは凄いが、ちょっと使い方を間違うとつまらない絵しか出来ないことを実感した。使いこなすにはそれなりの構成力が必要。結果的にはシグマ15-30mmF3.5-4.5 EX DG ASPHERICALの方が画像を切り込みやすく気に入ってしまったのだが。

テストで気に入って購入してしまったレンズ達。シグマ15-30mmF3.5-4.5 EX DG ASPHERICAL、TS-E24mm F3.5L、追加でTS-E45mm F2.8も買ってしまった。

EF20-35mm F2.8L という古いレンズもまた本来の画角を取り戻し、復活した。

ISレンズについては賛否両論を聞いているので、近々EF75-300mm F4-5.6 IS USMを入手して検証する予定。

 何よりもTS-E24mm F3.5Lの出来具合の素晴らしさを初めて実感した。シフトやティルトができるのは知っていたが、バックボードを動かしているわけでもないのにここまで周辺が一致するとは驚きだ。横位置に構えて上下方向にティルトして最大量ずらして2枚の画像を得る。これを合成するのだが、重なる部分が180ピクセル程度しかないが、これが結構きっちりと重なるのだ(通常、画像を合成するときにはこの2〜3倍は重なっていないときついものがある)。合成した絵は2000万画素オーバー。しかも長辺が約100°と15mmか16mmに匹敵する画角になる。
 左右にシフトして合成したときは大体14mmと同じ画角が得られる(やや周辺にケラれが出るが)。
1110万画素という実力のおかげで、レンズ単体の表現でさえ全体の解像感を考えても4×5とは言わないまでも6×9をしのぐ再現性を持っている。もちろん2枚合成時の細部の再現性はとてつもなく凄い。
 このレンズは35mmフィルムの時代には“アオレる”レンズでしかなかったが、CANON EOS-1Dsとの組み合わせにおいては“4×5に匹敵する”撮影を可能にしてくれるレンズにバージョンアップされたのではないか?。TS-E45mm F2.8でも同じような効果が期待できそうなのでついつい購入。これって4×5の標準レンズ(150mm)に近い画角を持っているのだ。十分に引きのある建築やライティングに懲りたいテクスチュアの撮影、ゆがませたくない家具、扉などの撮影に威力を発揮する。

 TS-E24mm F3.5Lを使用し、左右にシフトして撮影、合成した。パノラマというには少々食い足りない気はするが、普通のレンズでは考えられない画像を得ることができる。もちろん解像感は素晴らしく、A3に印刷した場合にぐっと近寄って見てもらっても、全く問題がない。しかも画像に[ゆがみ]がこれも全くないのが素晴らしい。ここをクリックすると原寸画像を表示します。(4MB)

 トキナーのAT-X17AF F3.5 ASPHERICALとTS-E24mm F3.5Lを使用し、とあるコンピュータメーカーのセミナールームから写した写真。当然だが、解像感が全く違う。

AT-X17AF F3.5 ASPHERICALで撮影した画像。原寸画像表示(920KB)

TS-E24mm F3.5Lで左右にシフトし撮影したものをつなげた写真。原寸画像表示(2.5MB)

 しかし標準レンズのEF50mm F1.4 USMやEF85mm F1.8 USMが意外と良くないことに気がついた。銀塩のころは気に入って使用していたのだが、これが何だか[ゆがみ]と言う問題においてあまりよろしくないのだ。EF50mm F1.4 USMなんかは“たる型”のゆがみがひどくてちょっと使いたくない気がした。実はこれ、ファインダーを覗くだけで気がついてしまうのだ。以前はちっとも気にならなかったのに急に気になりだしたのは、撮像素子の完ぺきな平面化がもたらした結果なのかもしれない。

 気になる解像感だが、EF50mm F1.4 USMで阿部式1ピクセルチャートを撮影してみた。さすがにシビアなテストで試験者のずさんさがそのまま反映する。1ピクセル部分は素材とCMOSのパターンの少々のずれがそのまま結果に反映しそうなので、そのあたりは割り引いて見て欲しい。いずれにしても、なかなかの好成績を収めている。これは500ピクセルあたりの成績なので、このカメラの場合は左右で4000ピクセルオーバーのデータ量があるわけだから、かなり細かい文様まで記録可能だと見ていい。(当然、当たるととんでもなくすばらしい文様を生み出してくれるが)。現実の解像度が上がったせいで、今までのようにシャープネスを利かさないでも、十分に良い解像感を得ることができ、変倍にも強くなったようだ。懸念していたモアレも思ったほどでない。この画像はもともとが100%で表示されています。

カラーモアレも解像感がここまで来るとさほどに気にならない。と言うよりもとても優秀。斜めの線の端正さに注目。この画像はもともとが100%で表示されています。

 先日、江戸小紋を染めている職人や江戸小紋自体を撮影に行く機会があったので、実力を問うに最適な(というよりもむちゃくちゃ意地悪な)被写体として、さっそくこのCANON EOS-1Dsを使用した。結果は思っていたよりもはるかに良好だった。この総小紋の留め袖は驚くほど精緻に再現された。ただしそのまま縮小して使用するとすぐにモアレを起こしてしまうだろう。それなりに適切な処理が必要だろう。
原寸画像表示(1.1MB)

 また反物の撮影においてはパターンモアレは起こさなかったものの、見事に偽色を生じた。この文様の場合、多少前後したぐらいでは別のところにすぐ発生すしてしまうので、かなり近寄ってやっと問題ない画像を解像した。ほとんどいじめに近い被写体だが、この解像感には脱帽だ。

  原寸画像表示(320KB)

偽色を発生した反物。しかしピクセルモアレは起きていない。

   原寸画像表示(1.1MB)

近づいて撮影この文様をここまで解像されると脱帽。

 ここまではうれしい事だらけ。今まで私は35mm一眼タイプのデジカメに必要な画素数は約1000万画素と唱えてきたが、画角も広角を十分に活用でき、再現性においても文句の付けようも少なくなったこのカメラを、もう無視することはできない。何だかカメラの評価のつもりがレンズテストのレポートのようになってしまったが、それもこれも大型のCMOS故のことだろう。 

 個人的な希望を少々。前々から言っていることだが、ファインダーに[ヒストグラム]を表示するって事は不可能なのかしら?ファインダーから目を離さずに[ヒストグラム]を撮影前に確認できると鬼に金棒なのになあ。

 もひとつ望む事はアプリケーション・ソフトの仕上がりだ。バージョンが上がりヒストグラムも見えるようになってくれた事は歓迎するが、今一つ物足りない。セレクトだけでもしやすくして欲しいものだ。人物の表情など素早く確認でき、必要・不要の振り分けが簡単にでき、ホワイトバランスももう少し微調整できるとありがたい。コントラスト調整(トーンカーブ)もいまいち物足りない。もう少しリニアに寄ったカーブを搭載して欲しい。RAWデータから書き出したデータにカラースペースのプロファイルが付かないこことも惜しまれる。(じつに惜しまれる)

 取り立てて問題とするところではないが色彩再現において黄色味を帯びた色彩(それも明度が高いところ)の再現性にやや難を感じる。現像パラメータを使い分ければよいのかもしれないが、それだけではまだ不十分のようだ。またややシャドウを落とし過ぎの傾向を感じるが、これは現像カーブの設定で逃げられるかもしれない。

 いまだ不満なところのも目に付くカメラではあるが、目の悪くなった私にとって、モデル撮影を始め建築などに仕事の幅を広げてくれ、十分に期待に応えてくれるカメラが登場したとはっきり言える。(と言うわけで、久々に買っちゃった)

スタジオ撮影において超高精細な画像を取得するためのスキャナータイプ、商品、料理撮影に抜群の威力を発揮するNikon D1X 。それらに加えて全く性格が違うカメラとして、建築、人物ロケ、ブライダルなどにに活躍してくれそうなCANON EOS-1Dsを投入。これで私のスタジオはデジタル撮影の機材としては強力なラインナップが完成した事になる。さあ、あとは仕事だ!!

おまけ

 建築撮影では壁際にひっつくことが多いので、アングルファインダーを買おうと思っていたのだが、なんとあたしが持っていたペンタックスの純正のアングルファインダーが簡単についた。ペンタックスは、もうカメラもレンズも持っていないが、なんと28年前に買った奴までが復活することになった。ちょっと両方のメーカーさんには申し訳ないが、もうけ!(これもキヤノンのものと同じく×2の拡大機能を持っている)